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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)577号 判決

原告

大津愼一

ほか一名

被告

安田火災海上保険株式会社

ほか二名

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告らそれぞれに対し金四〇三万一、三七五円及びこれに対する被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田」という。)は昭和五七年二月二日から、被告株式会社北日本土木(以下「被告北日本」という。)及び被告中野新吉(以下「被告中野」という。)は同年一月三一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告北日本及び被告中野は各自原告らそれぞれに対し金一、四四四万九、二九〇円及びこれに対する同年一月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡大津正孝(当時二二歳。以下「亡正孝」という。)は、次の交通事故により受傷し、約四五分後に両肺挫傷、左血胸にて死亡した。

(一) 日時 昭和五六年三月一八日午後三時三五分ころ

(二) 場所 神奈川県足柄下郡箱根町芦の湯八六番地先国道一号線路上

(三) 加害車 普通貨物自動車(多摩一一せ四三七一号)

(四) 運転者 被告中野

(五) 被害者 亡正孝(自動二輪車にて走行中)

(六) 態様 亡正孝が自動二輪車(排気量二五〇CC)を運転し左カーブの走行車線を時速約四〇キロメートルで進行中、その前方を横列にて同方向に歩行中の歩行者二名を避けようとして横転し、そのまま一直線にセンターラインを越え対向車線上に約二〇メートル横滑りして行き、折から対向してきた被告中野運転の加害車がこれを目撃しながら、左側に寄つて回避するなり、急停止するなどの衝突防止の措置をとらなかつたため、加害車前部に衝突した。

2  責任原因

(一) 被告中野は、前記のとおり亡正孝の自動二輪車が横転し、自己の走行車線に滑つてきたのであるから、直ちに衝突を回避する措置をとるべきであつたのに、これを怠り、漫然と走行した過失により本件事故を起こしたものである。

(二) 被告北日本は、本件加害車の運行供用者であり、かつ本件事故は、その被用者である被告中野が被告北日本の業務に従事中に起したものである。

(三) 被告安田は、本件加害車につき被告北日本との間に自賠責保険契約(証明書番号H―七四二三九三四―五)を締結している保険会社である。

3  損害

(一) 医療関係費 金六万二、二九〇円

(二) 葬儀費用 金一六三万六、三六四円

(三) 仏壇の費用 金四五万円

(四) 逸失利益 金三、六五一万四、〇一六円

昭和五五年賃金センサス大卒平均賃金月額金二五万三、二〇〇円、賞与等年額一〇七万〇、三〇〇円とし、生活費控除五〇パーセント、ライプニツツ係数一七・七七四にて算出。

(五) 物損(自動二輪車) 等金三〇万円

(六) 精神的損害 金一、〇〇〇万円

4  前記損害額は合計金四、八九六万二、六七〇円であり、被告安田は自賠責保険金から次の内訳により金二、〇〇六万四、〇九〇円を支払うべきところ、金一、四〇〇万一、四四〇円を支払つたのみであるので、差額金六〇六万二、六五〇円が未払となつている。

(内訳)

(1) 自賠法施行令二条一イの金額 金二、〇〇〇万円

(2) 医療関係費 金六万二、二九〇円

(3) 諸雑費 金五〇〇円

(4) 文書費 金一、三〇〇円

5  原告らは、亡正孝の両親(相続分各二分の一)であり、前記4の未払金六〇六万二、六五〇円については、被告ら各自が原告らに対し支払義務を負うものであり、また、本件における弁護士費用のうち金二〇〇万円は被告らが負担するべきである。

6  よつて、原告らは被告らに対し、各金四〇三万一、三七五円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である被告安田については昭和五七年二月二日から、被告北日本及び被告中野については同年一月三一日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告北日本及び被告中野に対し、その余の損害である各金一、四四四万九、二九〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である同年一月三一日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、(六)の態様の点は争い、その余は認める。

2  同2(一)の事実は争い、(二)、(三)の事実は認める。

3  同3の損害の主張については争う。

4  同4の事実中、自賠責保険から金一、四〇〇万一、四四〇円(内訳は、〈1〉諸雑費金五〇〇円、文書料金一、三〇〇円の合計金一、八〇〇円の八〇パーセントに当る金一、四四〇円、〈2〉死亡限度額金二、〇〇〇万円の七〇パーセントに当る金一、四〇〇万円の合計額)の支払のなされていることは認めるが、その余は争う。

三  抗弁

(被告北日本、同中野)

1  本件事故については、被告中野に過失はなく、また被告中野の運転車両には本件事故と結びつく構造上の欠陥、機能の障害はなかつた。

すなわち、被告中野は、上り坂の本件事故現場付近を時速約三〇キロメートル位で走行中、被害者により前の一台目のオートバイとすれ違つた際にアクセルから足を離しやや速度を落とした直後、前方対向車線を進行していた被害車両が左側に転倒したのを目撃し、直ちに急ブレーキをかけ左側にハンドルを切つたが間に合わず、自車線に滑走してきた加害車両と衝突した。被告中野車両が停止するのと右衝突とはほとんど同時位であり、被告中野車両は被害車両に乗り上げていない。亡正孝は、時速約五〇キロメートルで左カーブの本件事故現場付近にさしかかり、カーブを曲がり切れずに転倒したのであつて、もつぱら亡正孝の運転ミスによつて本件事故は発生したのである。

したがつて、被告中野に不法行為責任はなく、被告北日本は自賠法三条但書により免責である。

2  仮に、被告中野に何らかの過失が認められるとしても、亡正孝に重大な過失のあることは明らかであり、過失相殺すると、その損害については、既払金をもつて全額てん補済である。

(被告安田)

1  本件は、自賠法三条但書による免責該当事案と思料するが、既に自賠法一六条一項の請求により金一、四〇〇万一、四四〇円が支払われていることを考慮し、過失相殺のみを主張するが、亡正孝の過失からすると、その損害については、既払金をもつて全額てん補されている。

2  被告中野は、傾斜の急な上り坂である本件事故現場付近を時速約三〇キロメートルで走行していたが、亡正孝のグループであり、先行していた訴外黒田亨の自動二輪車が高速で坂を下つてきたので危険を感じ、アクセルをゆるめて減速したところ、亡正孝の自動二輪車が転倒しているのを認め、急ブレーキをかけると同時にハンドルを左に転把したが、転倒した自動二輪車が滑走してきて、あつという間に衝突してしまつたのであり、被告中野としては、事故回避のために可能な限りの措置を講じている。

四  抗弁に対する認否

被告らの免責及び過失相殺の主張については争う。

被告中野が被害車両の転倒を認め急ブレーキをかけたとすれば、スリツプ痕が認められる筈であるが、本件事故現場にはスリツプ痕がなかつたのであり、急ブレーキをかけた事実は認められない。亡正孝は、前方の歩行者二名を回避しようとしたところ、不運にもたまたま路上にあつた小石に乗り上げたため、車輪が横滑りして横転したと推測するほかないのであつて、これをもつて重過失ということはできない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は、(六)態様の点を除いて、当事者間に争いがない。

二  本件の争点は、被告中野に本件事故発生についての運転上の過失が認められるか否かにあるので、事故状況について検討してみるに、成立に争いのない甲第八号証の二、証人関根正慶、同瀬田育男の各証言、被告中野本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件事故現場は、小田原方面から元箱根方面に通ずる幅員約八・八メートルのセンターライン(破線)の引かれたアスフアルト舗装の道路(国道一号線)である。歩車道の区別はなく、周囲は山林地帯であり、道路は目測一〇〇分の九程度の勾配(元箱根方面が上り)になつており、カーブが多く、前方の見通しは必ずしも良くない、最高速度は時速四〇キロメートルに制限されている。

2  亡正孝は、当時通学していた慶応義塾大学の友人二名とともに、三台の自動二輪車でツーリングに出かけた帰途、元箱根方面から小田原方面に向けて本件事故現場付近に差しかかつた。先頭が訴外黒田亨の自動二輪車(一二五cc)、二台目が亡正孝の自動二輪車(二五〇cc)、三台目が訴外関根正慶の自動二輪車(二五〇cc)の順であり、時速約五〇キロメートル位で下り坂を走行してきた。

3  本件事故現場は、亡正孝の進行方向からみて曲線半径約四五メートルのかなり急な左カーブであり、見通しは悪い。亡正孝は、たまたま自己の走行車線の前方左側にリツクサツクを背負つた歩行者二名がいるのを発見し、これを回避しながら左カーブを曲がろうとしたところ、別紙見取図〈ア〉付近で横転し、自動二輪車もろとも、そのまま対向車線に横滑りしていつた。

4  被告中野は、普通貨物自動車(三トンダンプ。当時積荷なし)を運転し時速約三〇キロメートルで上り坂を走行中、先頭の訴外黒田亨の自動二輪車とすれ違う際にアクセルから足を離してやや滅速し、別紙見取図〈2〉付近に至つた時、約二三・二メートル先の〈ア〉付近で横転する亡正孝の自動二輪車を発見した。被告中野は、直ちにブレーキをかけ、ハンドルをやや左に切つたが、約六・一メートル進行した〈×〉付近で、横転したまま約一七メートル滑走してきた亡正孝の自動二輪車と衝突した。被告中野車両が停止するのと右衝突とはほとんど同時位であり、被告中野車両が亡正孝の自動二輪車に乗り上げたり、これを引きずつた痕跡はない。

なお、本件衝突地点付近には、ある程度砂利が散らばつていたが、事故直後実況見分時までに竹ぼうきで掃かれており、被告中野車両のスリツプ痕は認められていない。

三  右認定事実によれば、まず亡正孝の自動二輪車が横転したのは、亡正孝が急な左カーブで速度を出しすぎ、たまたま歩行者がいたことと砂利が散らばつていたこともあつて、カーブを曲がり切れずに横転したと推測するほかないのであり、もつぱら亡正孝の運転上の過失によるものと認められる。

亡正孝が横転してから被告中野車両に衝突するまでは、時間にして僅か数秒であり、被告中野としては、直ちにブレーキをかけ左にやや転把し、約六・一メートル先に停止したのであり、上り坂であることを考慮しても、その速度は時速約二〇から三〇キロメートルの間であつたと認められるから、被告中野が滑走してくる亡正孝の自動二輪車との衝突を避けることはほとんど不可能であつたといえる。そして、自動車運転者としては、特段の事情のない限り、対向車がセンターラインを超えて自車線に進入してくることまでも常に予想して運転すべき注意義務はないから、本件において、被告中野に過失はなかつたというべきである。

なお、原告らは、スリツプ痕の認められていないことから、被告中野が急ブレーキをかけていないと主張するが、前認定の被告中野車両の速度に道路状況(上り坂で砂利があつた。)を勘案すると、急ブレーキをかけてもスリツプ痕の印象されないことは十分考えられ、停止距離と被告中野本人尋問の結果からすれば、急ブレーキをかけたものと認めるのを相当とするから、この点の原告らの主張は採用できない。

四  してみれば、被告中野の過失を前提にする被告中野の民法七〇九条の責任、被告北日本の民法七一五条の責任は到底認められない。

また、被告中野本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告中野車両に構造上の欠陥及び機能の障害はなかつたものであり、かつその運行に関し注意を怠つていなかつたと認められるから、被告北日本の自賠法三条の責任は同条但書により免責されるというべきである。

五  被告安田は、自賠責保険から一部支払をしているため、過失相殺のみを主張するところ、本件における被害者の過失は、前認定の事実に照らし九割を下ることはないといわざるを得ない。

してみると、既に自賠責保険から金一、四〇〇万一、四四〇円の支払がなされていることは当事者間に争いがないから、仮に本件事故による原告らの損害額が原告ら主張のとおり合計金四、八九六万二、六七〇円になるとしても、過失相殺後の損害額については全額てん補済になることが明らかである。

六  以上のとおりであるから、原告らの被告らに対する本件請求はいずれも理由がなくこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田聿弘)

別紙 交通事故現場見取図

〈省略〉

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